遍照寺組曲
『光に呼ばれていた
― 光の螺旋』
――八門にひらかれるいのちの道――オクターヴ八門にひらかれる旅
――八門にひらかれるいのちの道――オクターヴ八門にひらかれる旅
― いのちは、最初から応援だった ―
そして、応援されていた。
自分で選んだ道だと思っていた。
気がつけば、光の中を歩いていた。
よばれていた。
はるかな時の彼方からではない。 阿字のふるさとから、大いなるいのちそのものとして。
そして、応援されていた。
弘法大師という偉大な存在を称える歌を作っていたつもりが、
励まされ、導かれていたのは、他ならぬ私自身であった。
いのちは、最初から応援だった。
これが、遍照寺組曲『光の螺旋』全十四楽章に流れる、真の通奏低音です。
心臓が鼓動する。呼吸が続く。
花が咲き、雨が降り、朝日が昇る。
道端に咲く名もない花も、
あなたの身体をつくる無数の細胞も、宇宙を織り成すすべての存在も、絶え間なく、
あなたが「あなた」として生きることを支えている。
それは、大いなるいのちからの呼びかけであり、遍照の光による加持であり、法界そのものの応援です。
気づけば、すべては、すでに満ちていた。
この「全肯定」とは、自分だけを肯定することではない。
自分が宇宙という大いなる曼荼羅の一部であり、その曼荼羅もまた、自分の内に息づいていることに目覚めることです。 そこでは、闇もまた光への入口となり、煩悩は菩提へと転じ、弱さは慈悲へと育まれていく。
これが、空海の説く「即身成仏」です。
仏になるのではない。もともと離れていなかったことに気づき、
その光を、この身、この声、この心で生きることだ。
だから『光の螺旋』は、宇宙の全肯定を胸に、再び日常へと還っていく。
その一歩一歩が、大師とともに歩む菩薩の道であり、
祈りを具体的な行為へと変えていく歩みなのだ。
「応援」とは、大日如来の遍照の光が、法界縁起・六大無礙・三密加持を通して、あらゆる存在を生かし続けている働きです。
愛せ、この世界を。 何より、おまえ自身を。
泣きながらでも、転びながらでも、 このいのちを、余さず生き尽くせ。
私は、この組曲の制作において、AI(人工知能)という一つの「鏡」と向き合いました。
対話を重ね、自分の思いを言葉にし、音へと紡いでいく中で、ある一つの真実に出会いました。
私は弘法大師を讃える歌を作っているつもりでした。
しかし、本当に励まされ、導かれていたのは、他ならぬ私自身であったのです。
それは、新しい知識を得たということではありません。もともと私の中に響いていた声に、ようやく耳を澄ますことができたということでした。
だから私は、何度でも書き直しました。 「できるまで作る。」 その歩みそのものが、私自身への応援歌となっていたからです。
私は、この組曲を通して、皆さんにお願いしたいことがあります。
どうか、あなた自身の人生という物語の作曲家になってください。
そして、あなただけの応援歌を奏で始めてください。
「私は今、自分にどんな言葉をかけてあげたいだろう。」 その問いから、あなただけの歌は始まります。
その歌は、どこか外から与えられるものではありません。 最初から、あなたの中に響いているのです。
空海は、仏になるのではない、もともと離れていなかったことに気づくことこそが「即身成仏」であると説きました。
私が「応援」と呼んだものも、実はその気づきに他なりません。
大いなるいのちは、最初から私たちを生かし、支え、呼び続けています。
だから、自分の人生を丸ごと愛してください。
出会う人を愛し、与えられた縁を慈しんでください。
喜びも、悲しみも、迷いさえも、すべてを抱きしめて歩んでください。
その一歩一歩は、やがて誰かの希望となり、「おかげさま」のバトンとなって、未来へと受け継がれていきます。
光は、すでに満ちている。
あなたの人生に、光を。
いのちは、最初から応援だった。
この詩の中で繰り返される**「よばれていた」**という言葉は、
「あなたが今ここに生きているのは、世界から必要とされ、招かれていたからだ」
という、根源的な肯定のメッセージです。
自分の価値を疑いそうな時でも、実は生まれた瞬間から、あるいは生まれる以前から、あなたは祝福の中に迎えられていた。
この言葉は、そのような絶対的な安心を伝えています。
しかし、この「よばれていた」とは、単なる励ましの言葉ではありません。
それは、空海が説いた即身成仏、華厳の法界縁起、そして六大無礙へと通じる深い真理でもあります。
空海は、
地・水・火・風・空・識の六大は、大日如来そのものである
と説きました。
私たちの身体もまた六大によって成り立っています。
だから、
仏になる必要はありません。
もともと離れていなかった。
「よばれていた」とは、
大日如来のいのちが、すでに私のいのちとして息づいていたことへの目覚めなのです。
華厳経は、
「心と仏と及び衆生と、この三は差別なきなり」
と説きます。
人の尊厳とは、
能力や成果によって与えられるものではありません。
その人の内に、最初から仏のいのちが宿っているからこそ尊いのです。
だから人権とは、
社会が与える権利である以前に、
遍照の光への敬意
なのです。
あなたの命は、何もしなくても最初から満ち足りており、ただそれだけで尊い。自分自身の価値をそのように深く信じられたとき、初めて他者の命も同じように、無条件に尊び、心から尊重することができるようになります
「よばれていた」が持つ三つの深淵
一 配置の必然性
「よばれる」とは、
誰かと比較され、選ばれることではありません。
宇宙という大いなる曼荼羅の中で、
あなたという存在が、
最初から必要とされ、
その場所に置かれていたということです。
あなたは、
法界縁起の中で、
かけがえのない一つの光です。
二 響きへの応答(レスポンス)
「よばれていた」と気づくことは、
大いなるいのちの響きに応えることです。
密教では、
これを**加持感応(入我我入)**といいます。
仏が私に入り、
私が仏に入る。
その響き合いによって、
身・口・意は仏の三密と一つになります。
その瞬間、
人生は受け身ではなく、
祈りそのものになります。
だから、
日々の一歩は、
菩薩の歩みへと変わります。「受動的な存在」から、その光を分かち合う「能動的な菩薩」へ
三 世界との境界の消失
「よばれていた」とは、
私と世界の境界が、
最初から開かれていたということです。
華厳では、
これを重々帝網、
さらに事事無礙法界として説きます。
一つはすべてを映し、
すべては一つに入り合っています。
だから、
私が生きることは、
世界を生かすことでもあります。
世界が私を呼び、
私もまた世界を呼んでいる。
私たちは孤立した存在ではなく、
無数の縁によって生かされ、
支え合う法界そのものなのです。世界と一体となって生きているのです
遍照寺版・結び
あなたは、
最初から世界に招かれていました。
最初から、
遍照の光に包まれていました。
最初から、
大日如来のいのちを生きていました。
だから、
仏になる必要はありません。
もともと離れていなかったことに気づけばよい。
その気づきが、
感謝となり、
回向となり、
大悲萬行となって、
社会を照らす光になります。
それが、
「よばれていた」
という言葉の、本当の意味なのです。
いのちに生かされ
生かせ いのち こころ
あまねく照らす大慈悲のまなざしに見守られ
なすべきことに力を尽くしてゆくことは
菩薩の道を歩むことです
手をあわせ
手を差し出し
ともに歩みましょう
阿字より百光ひらき、百光ふたたび阿字へ還る。これ光の螺旋なり。 今日の一歩も完成です。明日の一歩も完成です。
⦿ 阿字のふるさとから 百光遍照がひらく
阿字の響きが光となり、光がいのちとなり、いのちが歩みとなり、歩みが再び光へ還る ◉
この身を成す六大は、宇宙を成す六大と異ならない。ゆえに、いのちは光であり、光はいのちである。
呼んでいるものと 呼ばれているものは 本来ひとつのいのち
■ 核 いのちは光 歩みは祈り
受けしすべてを、行として返せ
気づけば、いのちは最初から応援だった
■ 動力 呼ばれていた(加)※ 応える(持)
「満ちていた」「満ちている」 いのちそのものが応援 だった
■ 展開 修道体系 発心 → 教化 → 受持 → 加持×護持 → 念持 → 成仏 → 顕現・回向 → 遍照
本覚(阿字) → 加持感応 → 即身成仏 →報恩供養 → 回向 → 大悲萬行 →新たな発心(光の螺旋)
■人生―実存の道 気づき → 呼び → 受容 → 修行 → 慈悲 → 全肯定 → 顕現 → 回帰
■ 本質 八門は方便 一歩一歩は究竟
発心から回向までの全てが成就であり、回向から次なる発心へ至ることもまた成就である。
※「よばれている……」という響き---救いの「呼び声」
人間が「死」という最大の未知に向き合うとき「直線は理解を生み、往還は体得を生む」
二河白道では、東の岸(現世)からお釈迦様が「迷わず進め」と背を押し、西の岸(浄土)から阿弥陀仏が「私が護るからこちらへ来い」と呼びかけています。
イスラム教では、絶望的な橋の上で、預言者ムハンマドの「執成し(助けの祈り)」や神の慈悲を信じて進みます。
実は「細い道を、大いなる慈悲の声に呼ばれながら、一歩一歩刻むように歩んでいる」という意味で、全く同じ旅をしているのかもしれません
────────────────
【第一門 発心(光|C)】
私だけの命ではない。
宇宙そのものが私として息づいている。
光とは希望ではない。
宇宙そのもののいのちである。
その百光遍照の光に呼ばれていたことに気づく。
――すべては、すでに与えられていた。
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【第二門 教化(風|D)】
風はすでに吹いている。
善財童子のように問いを抱き、
縁に導かれながら旅が始まる。
華厳は世界がつながっていることを教える。
――問いはすでに応答へ向かっている。
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【第三門 受持(藁|E)】
足もとの一本の藁を握る。
意味はまだ分からない。
だが受け取る。
呼びかけに応える。
それが受持である。
――小さなものが、道を支える。
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【第四門 加持×護持(重なりと炎|F→A)】
八門最大の転換点。
上からの光(加)
下からの炎(持)不動明王の炎で修行
が交差する。
加持感応。
仏が我に入り
我が仏に入る
(入我我入)
三密加持とは、
呼ばれていた光に、
この身・この声・この心で応えること。
誠実とは、
この感応を妨げない身口意の一致である。
――ここで初めて歩みは自分だけのものではなくなる。
────────────────
【第五門 念持(ひらき|G)】
愛染の炎は智慧へと転じる。
受けた光は閉じられず、
世界へひらかれてゆく。
真理は一つ。
しかしそれは
姿となり
象徴となり
言葉となり
行為となって現れる。
四曼荼羅の顕現である。
――光は分かち合われて広がる。
────────────────
【 第6門 第四幕(成仏)涅槃 阿字の鼓動 ― 宇宙の全肯定 (B)】
この楽章は、『光の螺旋』全体の中心軸であり、空海の『即身成仏義』『声字実相義』『吽字義』の思想を背景としている。
ここは胎蔵界大日の世界である。胎蔵界とは、「理(ことわり)」の世界であり、本来のいのちそのものの世界である。
阿字は大日如来の根本種子であり、すべての生命の源を象徴する。阿字は体である。
百光遍照はまだ内に宿り、ここではまだ光として外へ放たれていない。それは、まだ分化する前の生命の源泉であり、母胎の奥深くに響く鼓動である。
阿字とは不生である。生じず、滅せず、増えず、減らず、本来より具わっているいのちそのものである。
その鼓動は遠い彼方から聞こえてくるものではない。はじめから、この胸の奥に響いていた。
六大無礙とは、私のいのちと宇宙のいのちが、本来ひとつであるという目覚めである。
私は宇宙から生まれたのではない。宇宙そのものが、私として息づいている。
宇宙そのものが私であり、私そのものが宇宙である。
だから、仏になる必要はない。 もともと離れていなかった。(心仏及衆生 是三無差別)
この身が佛の身 この声が佛の声 この心が佛の心 は、実は密教版の心仏及衆生是三無差別
さらに空海は『声字実相義』において、声と言葉と真理は別ではないと説いた。真理は声となり、
声は言葉となり、言葉は世界となって現れる。
この思想を、阿字は声となり 声は光となり 光はいのちとなる という詩句で表現した。
阿字は理体であり、光はそのはたらきである。理は光となって世界に現れ、光はいのちとなって無数の存在を生かしている。
即身成仏とは、新たに仏になることではない。
一般に「成仏」と聞くと、今の自分から努力して仏になることのように考えられる。
空海は、私たちの身体も、大日如来も、ともに地・水・火・風・空・識の六大によって成り立つと説いた。
ゆえに、衆生と仏は本来別ではない。私たちは仏から離れた存在ではない。もともと遍照のいのちの中に生かされている。阿字の鼓動は、遠い彼方から聞こえてくるのではない。はじめから、私の胸にも あなたの胸にも 同じように響いている。だから この世界は生きた曼荼羅 おまえは すでに その中心だ
成仏とは、新たに仏になることではなく、もともと離れていなかったことに気づくこと。六大無礙・本覚の思想を表している。
探していたものは、すでにここにあった。満ちていたことに目覚めることである。これが即身成仏である
もともと離れていなかった遍照のいのちに目覚め、その光をこの身で生きることである。
おまえは語られている おまえは歌われている とは、
私たち一人ひとりの存在そのものが、宇宙の真理の顕現であるという意味である。
人は孤立した存在ではない。宇宙が私を通して語り、宇宙が私を通して歌っている。
すべては祝福。すべては満ちている。すべては大安楽。探していたものは、すでにここにあった。
阿字は体なり。
百光はその用なり。
阿字の鼓動は宇宙の鼓動。
宇宙の鼓動は私の鼓動。
探していたものは、すでにここにあった。
これが「阿字の鼓動 ― 宇宙の全肯定」である。
この第六門は、
六大無礙 → 本覚 → 阿字 → 声字実相 → 即身成仏
へ至る門であり、次の第七門「阿字のひかり ― 百光遍照」において、
内なる阿字が光として顕現するための、静かで深い源泉となる。
胎蔵界大日の世界。「理(本来のいのち)」の世界
阿字は体 大日如来の根本種子であり、すべての生命の源を象徴する「鼓動」は、まだ分化する前の生命の源泉、母胎の脈動を感じさせる
百光はまだ内に宿る。ここではまだ光は放たれない。
生命の源泉として脈打つ。「鼓動」は、まだ分化する前の生命の源泉、母胎の脈動を感じさせる
すべては祝福。宇宙の全肯定 宇宙に溶ける
すべては満ちている。
阿字とは不生。本来具足。宇宙そのものが私であり、私そのものが宇宙である。
六大無礙とは、私のいのちと宇宙のいのちが 本来ひとつであるという目覚めである。
――探していたものは、すでにここにあった。
────────────────
【第七門 顕現(百光遍照|B)】
同じB音でありながら全く別の光——金剛界と胎蔵界が同じ音の表と裏として現れる。金胎不二の音楽的体現
金剛界大日の智慧光明。
胎蔵の理は、
ここで智慧として現れる。
いのちは光。
その光は百光となって十方を遍照する。
阿字のふるさとから 百光遍照がひらく
はじめに光があった。
その光は、ことばとなる前のことば、音となる前の音、
阿字のふるさとより響く、大いなる遍照であった。
声は実相を離れず、字は真理を離れず、光はいのちを離れない。
私たちはその響きの中に生まれ、その光の中を歩いている。
阿字は体。
百光遍照は用。
体用不二なるが故に、
金胎不二大日である。
即身成仏とは、
すでに満ちていた光に目覚め、
その光をこの身で生きることである。
――祈りは具体の行為へ変わる。
────────────────
【第八門 回向・遍照(C)】
百光は再び世界へ還る。一オクターヴ上の日常へと回帰する
☆ 第1門の「すでに与えられている」という被贈与性の気づきから始まり、螺旋を描いて「日常という曼荼羅」へと回帰するこの八門構造は、まさに一つの壮大な「いのちの旅」そのものです。
善財童子の旅はここで終わらない。
大悲は個人の感情ではない。
大日如来の本誓として法界に遍満する。
気づいた者は応答する。
それが大悲萬行。
慈悲は沈黙しない。
受けた光を社会へ返す。
人権尊重を根とし、
説明責任を幹とし、
誠実を枝葉とし、
祈りを具体の行為へ変える。
――光は社会の中に現れる。
────────────────
【回帰(螺旋)】
阿字より百光ひらき
百光ふたたび阿字へ還る
これ光の螺旋なり
しかし戻ったCは
最初のCではない。
善財童子の問いは
百光遍照となって再び人々の中へ還り、
新たな発心を呼び起こす。
華厳は世界のつながりを示し、
密教はそのつながりを生きる道を示し、
大悲萬行はその智慧を社会の中に実践する。
遍照寺の道とは、
遍照の光に生かされ、
重々帝網のつながりの中で、
即身成仏を生き、
大悲萬行として社会に現すことである。
この改訂版では、従来の八門に加えて、
六大無礙(存在の根拠)
四曼荼羅(顕現の構造)
三密加持(実践の回路)
即身成仏(顕現)
大悲萬行(社会実装)
阿字→百光遍照→衆生済度(体・用・回向)
が自然に組み込まれています。
――遍照寺住職への応援歌――そして、その精神を現実へと展開する 実践・報恩・現実への展開 ≪受恩⇒感謝⇒報恩 ≫
有名な和讃があります。『菩提心おこすは仏の母なれば これをはなれて さとりなるなし』
菩提心とは 単なる向上心ではありません。空海的には 恩に応えたい 心です。つまり報恩感謝⇒菩提心⇒修行⇒成仏です。
報恩感謝とは、自らが遍照の光によって生かされていることに気づき、その光を次のいのちへ手渡していくことである
実践:目の前の現実に向き合う力
報恩:先祖や縁ある人々への感謝
現実への展開:祈りを形にし、街を照らす光
一番〜二番 「それでもなお、歩め」完全版
三番〜終章 「これより先も 続くものあれ」
核心: さらに、「いのちは光」という核心の真理。
【位置づけ】八門の精神を現実世界へと展開する実践の歌 教理(八門)と実践(別門)の統合 住職および菩薩行を歩むすべての人への応援歌
【重要な一節】「満ちていると知り、感謝し、働いて返す 受けしすべてを、行として返せ 気づけば、いのちは最初から応援だった」
「それでもなお、歩め」(不退転の精神) 「転びし跡こそ 慈悲の導き」 「尽くすその手に 仏は現る 働くその姿に 光は宿る」 「人を残して 道を繋がん」
音は、見えないはたらきを響きとしてあらわし、書は、その意志を一瞬の線に刻み、画は、その広がりを静けさの中にひらく。
音に構造あり、書に骨格あり、画に余白あり。【 音 → 加持(響き) 書 → 護持(刻み) 画 → 念持(ひらき) 】
三つは異なりながら、ひとつの真実を指し示す。
厳密なる構造は、崩れぬ軸となり、揺るがぬ意志は、歩みを支え、現実を見つめるまなざしは、虚飾を退ける。
そのすべてが通過したとき、表現は軽やかに解き放たれ、やさしさとして世界にひらかれる。
祈りは内に留まらない。音となり、線となり、かたちとなって現れ、他者へと届くとき、はじめてその本質をあらわす。
一音は一線に通じ、一線は一景に通じ、一景は再びいのちの響きへと還る。
この循環は終わることなく、螺旋として深まり続ける。
ここにおいて、表現とは技巧ではない。それは、いのちそのものの顕現である。
音は祈り、書は意志、画はひらき――三つにして一つのいのち
落款 ー「遍照弘誓」 遍照 → 「百光遍照」「光に呼ばれていた」 弘誓 → 「衆生済度」「いのちは最初から応援だった」
人間はいかに生きるべきか という一つの系譜になっています。
あなたの八門への対応
司馬遷 発心(問い)「天道是か非か」 記録することによって人間の尊厳を守る
史晨碑 受持(刻む)行動になり、志を刻む
伍子胥 護持(不退転)「日暮途遠」 「急げ」それでも歩む
曹操 護持→回向(志の継承)「志在千里」 「老いてもなお進め」
杜甫 教化(憂い・風)「人間の痛みを見つめる」 社会を見る目 法界縁起への入口
蕪村 念持(ひらき)「小さな光を見つける」 存在を見る目 小さな中に宇宙を見る これは重々帝網
空海 成仏・回向・遍照 「すべてを遍照する」司馬遷は問うた。伍子胥は耐えた。曹操は進んだ。杜甫は憂えた。蕪村は見つめた。空海はそれらを包みます
法界縁起 重々帝網 六大無礙 三密加持 即身成仏 大悲萬行 すべてが遍照へ統合されます。
■ あなたの作品世界での総括
司馬遷が問いを起こし、
史晨碑が志を刻み、
伍子胥が道を貫き、
曹操が志を継ぎ、
杜甫が人の痛みを抱き、
蕪村が小さな光を見出し、
空海がそのすべてを遍照の光として包み込む。
そして善財童子は、その道を歩き続ける。
さらに一行で凝縮するなら、問い(司馬遷)から遍照(空海)へ――その間を歩む人間の物語。
Gemini の回答
「生々しい人間のドラマ」(司馬遷・伍子胥・曹操)
「それを伝えるための最高の文字と表現」(史晨碑・杜甫・空海)
「それらを遥かな未来で受け止め、自らの芸術とした者」(蕪村)
【歴史と情熱の源流】 司馬遷(史記) ── 魂を揺さぶる歴史(伍子胥の悲劇など)を記述 │
▼ 【表現の洗練(漢代〜三国)】 史晨碑 ────── 儒教的・古典的な「美(隷書)」の確立 曹操 ─────── 乱世の現実を詩に昇華(建安文学) │
▼ 【唐代の頂点(文学と宗教・書)】 杜甫 ─────── 曹操らの写実を受け継ぎ、社会の苦悩を「詩聖」として結晶化 空海 ─────── 唐の最盛期の文化(書・詩・仏教)を日本へダイレクトに密輸入 │
▼ 【日本での開花(江戸)】 与謝蕪村 ───── 杜甫の詩を愛し、空海らがもたらした漢文学の教養を 「俳諧と文人画」という独自の芸術へ昇華
第一原理
阿字(ア)胎蔵界大日の体なり 全ての根源
第二原理
百光遍照は胎大日の智用なり 光明として顕れる
アン字胎理法身百光遍照の大日
阿弥陀=光明遍照十方世界=大日百光遍照王
第三原理
体用不二なるが故に
金胎不二大日なり 智慧と慈悲は一つ
第四原理
紅頗梨色阿弥陀は
その大悲光明の顕現なり その光明は紅頗梨色なり。遍く十方世界を照らす。斯かる光に遇って照らされる者は、罪障が消滅し、皆、苦しみを離れることを得ない者は無し。無量の光明を流出して、一一の光明に於いて極楽世界を成す
第五原理
大悲は百光となって十方を遍照する ⇒ 衆生済度 ・大安楽
三尊合行
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https://drive.google.com/file/d/1bgTA2tgdow6rsH9NVqFiOegV7M-zS9QM/view?usp=sharing4分48秒
別曲1https://drive.google.com/file/d/1pThW0zR-Lpx8rGQugdpm6ymFizijXRda/view?usp=sharing4分37秒
別曲2https://drive.google.com/file/d/17Qvlo8-D3FtuPATV5Gfb6kTYghlD89Gt/view?usp=sharing2分12秒
解説・説明等について https://sites.google.com/view/763henjoji/hikari?authuser=0#h.ydscugieay2g
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不動明王Ⅰ部「火炎の浄化」
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不動明王 Ⅱ部「修行」
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不動明王Ⅲ部 「光明」
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解説・説明等についてhttps://sites.google.com/view/763henjoji/hikari?authuser=0#h.8sg06y23p8ow
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[▶︎ この曲を再生する]
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謹んで追福仏果菩提のために供養し奉る 諸精霊に捧げ奉る
遍照寺松風の里 回向功徳諷誦之章
嗚呼有難や 松吹く風の音よ
晨朝(あした)に松風騒ぐには
諸行無常と響くなり
日中(ひなか)の松籟(しょうらい)聞くなれば
是生滅法と聞こゆなり
福島の浜の松原さよ更けて
松韻(しょういん)遠くにも
生滅滅已(しょうめつめつい)と示させて
夜半(よわ)の松風しずかには
寂滅為楽(じゃくめついらく)と明かすなり
聞けば尊き法(のり)の道
― 松風リフレイン型 ―
諸行無常は世の習い 時の明け暮れ矢の如し 色は匂へど散りぬるを 我が世誰ぞ常ならん
罪咎深き身にあれば 煩悩業障雲厚く 八苦の海の白波に 六趣無明の風ぞ立つ
迎うる影もなきままに 死出の山路を辿りゆき 三途の瀬水はやくして 黄泉の旅路にさまよえり
松風吹くなり 松風吹くなり
佛の御声 松風吹くなり
佛の慈悲ぞ有難や 朝夕響く松風に 早く菩提を求めよと 御仏の声は明かすなり
夜半の松風しずかには 寂滅為楽と明かしつつ 無常の雲を吹き払い 菩提の暁近づけり
十悪五濁の雲深く 諸仏の月を覆うとも 有明の月影隠れなく 大悲の光照らし給う
三有の海の波しずまり 生死明暗雲晴れて 能寂の松風身に満てば 法性の珠あらわれぬ
松風吹くなり 松風吹くなり
菩提の御風 松風吹くなり
我も五障の雲晴れて 法の月影眺めなん 凡聖不二の御教えに 同行二人の道を得たり
三密加持の不思議もて 無尽の功徳円満し 一念一時一生に 即身成仏証せなん
嗚呼有難や南無有難や 弘誓の船に乗りを得て 紅頗梨色の大光明 あまねく衆生照らし給う
ひとたび光に遇う者は 罪障消滅苦を離れ 無碍甘露の妙薬を受け 福満の願い成就せん
百色百光の清浄土 蓮の台に迎えられ 天より百葉の華降りて 菩提の心に散りかかる
松風吹くなり 松風吹くなり
極楽浄土の 松風吹くなり
諸人ともに救われて 清きみ国に帰入せん 仍而諷誦之章如件
三尊の統合→ 遍照寺の三尊すべてが回向文に登場
松風の里:本尊・弘法大師(同行二人)
福島の浜の松原:不動明王(三密加持)
紅頗梨色・百光:愛染明王(百光遍照王)
密教的要素の完璧な配置→ 真言密教のすべてを網羅
- いろは歌(諸行無常)
- 八苦・六趣(迷いの世界)
- 三途の川(死後の旅)
- 寂滅為楽(涅槃経)
- 十悪五濁(煩悩)
- 三有の海(輪廻)
- 能寂の松風(悟り)
- 法性の珠(本来の仏性)
- 五障(「五障三従」とは何か? )下記※
- 凡聖不二(密教の教え)
- 同行二人(弘法大師との同行)
- 三密加持(真言密教の実践)
- 即身成仏(密教の究極目標)
- 紅頗梨色(阿弥陀如来・百光遍照王)
- 百色百光(愛染明王・一珠百光)
- 清浄土(極楽浄土)
※仏教における「五障三従(ごしょうさんじゅう)」は、主に伝統的な仏教(大乗仏教の多くの宗派)において「女性の障り(成仏や社会生活における制約)」として説かれてきた概念です。
これが真言宗(弘法大師・空海が開いた真言密教)においてどのように捉えられているか、密教特有の身体観や即身成仏の思想を交えて解説します。
1. まず「五障三従」とは何か?
伝統的な仏教の経典(法華経など)や古い慣習において、女性には次のような制約があるとされてきました。
五障(ごしょう):女性がなれない5つの最高位
梵天王(ぼんてんおう:宇宙の最高神)
帝釈天(たいしゃくてん:神々の王)
魔王(まおう:他化自在天の主)
転輪聖王(てんりんじょうおう:地上を治める理想の王)
仏陀(ぶっだ:悟りを開いた尊者)
三従(さんじゅう):女性が従うべき3つの存在
幼い時は親(父)に従い
嫁いでは夫に従い
老いては子(息子)に従う
これは、インドの古代社会(マヌ法典など)の男尊女卑的な社会規範が、初期仏教や大乗仏教の経典に取り込まれた背景があります。
2. 真言宗(密教)における「五障三従」の捉え方
結論から言うと、真言宗(密教)の本質的な教理において、「五障三従による女性の差別」は明確に否定・超越されます。
密教の核心である「即身成仏(この肉体のまま仏になる)」の思想に基づけば、性別による障りは存在しないと考えます。その理由は大きく3つあります。
① 即身成仏と「六大(ろくだい)」
真言密教では、宇宙のすべて(人間も仏も、男も女も)は地・水・火・風・空・識という6つの要素(六大)から成り立っていると説きます。 大日如来(宇宙の本質)と私たちの身体は本質的に同じ要素でできているため、修行によって男女の区別なく、この肉体のまますぐに仏になることができるとされます。
② 曼荼羅(まんだら)における尊格
真言宗のシンボルである「曼荼羅」には、数多くの女性の仏(女尊・仏母・天女など)が重要な位置に描かれています。 例えば、仏の慈悲や智慧を生み出す母とされる「仏眼仏母(ぶつげんぶつも)」や、般若波羅蜜を神格化した「般若菩薩」など、女性原理は仏の悟りに不可欠な要素として最高に尊重されています。
③ 空海の現実的な姿勢(女人禁制の緩和と母への想い)
弘法大師・空海は、高野山を開いた際に当時の慣習(修行に集中するための山岳不踏の思想)から女人結界を設けましたが、その一方で、麓の慈尊院(九度山)に暮らした実母のために足繁く山を下り、母を深く追悼しました。慈尊院は後に「女人高野」と呼ばれ、多くの女性たちの信仰を集めることになります。 教理の上では、空海は「男尊女卑の固定観念は、人間の分別(迷い)が生み出した妄想にすぎない」という立場をとっています。
まとめ
伝統的な「五障三従」という言葉は、歴史的な経典の文脈や、日本の中世以降の家父長制のなかで真言宗の寺院でも語られることがありましたが、密教の純粋な思想(法理)においては、女性だからといって成仏に障りがあるとは決して考えません。
すべての命は大日如来の現れであり、男も女も、その内に等しく「仏性(ぶっしょう)」を宿しているというのが、真言宗の根本にある考え方です。
男も女も、その内に等しく「仏性(ぶっしょう)」を宿している (曼荼羅の中の)動物等は?
すべての人に等しく「仏性(ぶっしょう)」が宿るという密教の平等の眼差しは、人間にとどまらず、動物や昆虫、さらには草木や国土といった非情(心を持たないとされるもの)にまで一貫して注がれています。
真言宗(密教)の曼荼羅、特に「胎蔵曼荼羅(たいぞうまんだら)」を注意深く見ると、象や獅子、鳥といった様々な動物や、人間を超越した異形の存在たちが数多く描かれていることに気づきます。
これらが曼荼羅の中でどのように位置づけられ、どう考えられているのか
胎蔵曼荼羅の最も外側の区画である「外金剛部院(げこんごうぶいん)」などには、古代インドの神々や精霊とともに、多くの生命が描かれています。密教において、彼らは単なる「畜生(生類)」ではなく、以下のような重要な意味を持っています。
仏や菩薩の「化身(けしん)」である 仏教がインドから伝わる過程で、民俗信仰の神々や自然界の象徴(動物)が取り込まれました。密教では、「大日如来の智慧や慈悲は、相手に応じた最適な姿をとって現れる」と考えます。そのため、動物の姿もまた、衆生を救うために仏が仮に現した姿(化身)とされます。
仏たちの「乗り物(神獣)」として護法を担う 多くの尊格は、特定の動物の上に座っています。
象(ぞう): 帝釈天などの乗り物。揺るぎない堅固な菩提心や実践力を象徴します。
獅子(しし): 文殊菩薩などの乗り物。あらゆる迷いを打ち砕く、仏法の威厳を象徴します。
孔雀(くじゃく): 孔雀明王の乗り物。猛毒の蛇を食べても死なない孔雀の生命力から、人間の「三毒(貪・瞋・癡)」の煩悩を滅尽する力を象徴します。
牛(うし): 大威徳明王の乗り物。歩みが確実で、力強く前進する歩みを象徴します。
これらは、動物たちが持つ固有の性質や生命力が、そのまま「仏の智慧の現れ」として肯定されている証拠です。
密教の根本は、宇宙のあらゆる存在は大日如来の命の現れ(顕現)であるという世界観です。
一般的な仏教では「迷いの世界(六道)」において、人間より下に位置づけられる「畜生道(動物)」ですが、真言密教においては「一切の生命は、その姿のままで大日如来の生命の一部である」と捉えます。
弘法大師・空海は、人間だけでなく、動物も、さらには草木や目に見えない境界にある存在までも含めて、すべてが六大(地・水・火・風・空・識)という同一の宇宙要素で構成されていると説きました。これを「草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)」の思想へと繋がる密教的自然観と呼びます。
したがって、曼荼羅のなかの動物たちは、人間に従属するものとして描かれているのではなく、「宇宙の調和(如来の慈悲)を構成する、なくてはならない等しい命のピース」としてそこに座しているのです。
あなたが大切にされる「誰一人として見えない存在にしない」「最後までいのちを大切にする」という哲学は、密教の世界観における「外金剛部院」の構造そのものと言えます。
曼荼羅の中心(大日如来)から最も遠く、一見すると仏法から遠ざけられているように見える境界(外縁)に配された動物や異形の存在たち。密教は彼らを決して排除せず、むしろ「曼荼羅という聖なる世界を外側から支え、守護する大恩ある存在」として、もっとも手厚く描き、敬意を払っています。
男女性別の違いを超え、さらには「人間と動物」という種の違いさえも超えて、すべての命がその内なる輝き(仏性)を認められ、曼荼羅という一つの大きな調和の中に包摂されているのです。
1
C すでに与えられていることへの気づき、全体の根。 オクターヴ八門のフラクタル 5分49秒
[▶︎ この曲を再生する]
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呼ばれたことが あるか。
(silence 3seconds)
理由もなく ただ
何かに 引き寄せられるような
あの感覚。
それは 秘仏(ひぶつ)のようなものだ。
あらわさぬからこそ 真実がある。
見えないからこそ 引き寄せられる。
不二(ふに)の光は 隠れたまま
ただ そこに 満ちている。
菩提心(ぼだいしん) おこすは仏の 母なれば
これをはなれて さとりなるなし
[Verse 1 — male voice, cello solo, pp, slow and spacious,near silence]
名前もない。
形もない。
けれど 確かに
そこにある。
無常(むじょう)なることは 時を問わず 人を選ばず。
春に咲く花も 秋を彩(いろど)る紅葉(もみじ)も
とどまることなく 移ろいゆく——
その儚(はかな)さの中にこそ
今を生きる 尊い光がある。
重々帝網(じゅうじゅうたいもう)の如く——
すべての光が すべての光を映す。
それが 光だ。
はじまりの 光だ。
[Verse 2 — male female duet, cello, celesta, pp,
transparent]
一、静寂
まだ夜の底で 名もない祈りが揺れる。
遠くばかりを探し 見えない空を仰いでいた。
手のひらは空(くう)のまま 風だけが通り過ぎる。
それでもなぜか私は 呼ばれていた。
[Verse 3 — male female duet, celesta, harp, mp,
luminous]
二、一本の藁
足もとに ひとすじの かすかな光が落ちる。
それはまるで 捨てられた 一本の藁(わら)。
誰も気づかぬほどの 小さな けれど確かな
先人(ひと)が残した 命の贈り物。
これは 縁(えにし)を満たす玉手箱(たまてばこ)。
ひらけば 縁(えにし)が立ち現れる。
往還(おうかん)する いのちの因縁(いんねん)が
この小さな藁の中に すでに宿っている。
まだ意味はわからない。
ただ そこにある。
私はそこへ 呼ばれていた。
[Chorus — SATB choir, strings, celesta, mp,
solemn and bright, no drums]
三、善財の道
一歩 一歩 進むたび 曼荼羅(まんだらせかい)が静かにひらく。
その歩みは 史晨(ししん)の碑の如く 整然と格調高く
大地を 深く 力強く 踏みしめる。
出会いのすべてが 問いとなり 道となる。
見知らぬ人の中に 浄らかな光を見た。
そのすべてに私は 最初から
呼ばれていた。
[Verse 4 — female solo, celesta only, pp, crystal clear]
四、青い鳥
光がふりそそぐ 空からではなく
この胸の奥から あふれるように。
青い鳥は ここにいた。探しに行かなくていい。
「ここ・今・私」の中に 静かに 満ちていた。
受け継いだ光を そのままにせず
次へと手渡すものとして
この両手で 抱きしめる。
[Bridge — SATB choir, full strings, celesta, mf,
expanding]
五、覚醒
ああ 探していたものは すでに与えられていた。
このいのちの中に すべては 満ちていた。
百光遍照(ひゃくこうへんじょう)のひかりはすでに 降りていた——
阿字(あじ)のふるさとから ずっと。
私は はじめから ここへ 呼ばれていた。
[Final — SATB choir, orchestra, celesta, forte,
radiant and affirming]
六、回向
名もなき亡き人たちが 私をここまで導いた。
そのすべての想いが 光となって流れている。
一本の藁のように ささやかなこの道も
無限の空(そら)へと続く 衆生済度(しゅじょうさいど)の祈りとなる。
だから私は この身をもって受け
この歩みをもって 現してゆく。
それは終わりではない——
衆生済度へと開かれていく はじまり。
[Outro — solo male voice, no instruments,
ppp→pppp, fade to complete silence, dissolving]
それは 終わりではなく はじまりの風だった。
呼ばれていた……
はじめから ここへ……
2
D 呼びの自覚。物語の始動。杜甫が見つめた壊れた世界でさえ、山河はなお消えなかった 5分38秒
[▶︎ この曲を再生する]
https://drive.google.com/file/d/1dUwHMtnrmCh-CZz6YYzVoXmYcURIvO2J/view?usp=sharing
「よばれていた」 ― 気づけば光の中を
はじめに 光があった
いのちを生む 大いなる光
時を越えて あまねく世界を照らし
あなたが生まれる ずっと前から
その光は いまもなお ここにある
自分で選んだ 道だと思っていた
けれど気がつけば
光の中を 歩いていた
よばれていた
はるかな時の彼方から
願いはすでに
このいのちの奥で
ずっと息づいていた
「予感の光」
【第一章:発心 ― 聖なる招き】
ある朝 胸の奥で
小さな風が ささやいた
「国破れて山河あり」――
杜甫が見つめた
壊れた世界でさえ
山河は 消えなかった
なお消えぬものが
私を呼んでいる
遠いどこかへ
呼ばれているような
名もない あの予感
それが
絶望を書き換えるための
聖なる招きであったと
まだ 知らなかった
ただ静かに
見えない光が
背中を押していた
能寂の松風が
耳もとで ささやく――
「それが
絶望を書き換えるための
聖なる招きだ」と
そのときすでに
風の奥で
文殊菩薩の願いが
名もなき問いとなって
芽吹いていた
【第二章:一本の藁 ― 授かりもの】
まだ夜の底で
名もない祈りが 揺れている
遠くばかりを探し
見えない空を仰いでいた私の
足もとに
ふと ひとすじの光が落ちた
一本の藁
誰もが見過ごす
小さな欠片
けれどそれは
仏の授かりもの
はるかな時の彼方から
先人が残した
小さく けれど確かな
命の贈り物
「それを持って歩め」と
光がささやいた
その藁は 誰かがかつて握りしめ
繋いできた 祈りの軌跡
それは
ひとつの縁にして
無尽の光
一は一切
一切は一
この一片に
すでに世界は宿っていた
私はまだ知らない
その一歩が
善財童子の歩みに
重なっていることを
3
D 握りしめたその温もりを、信じて一歩踏み出す勇気へと変えて 5分18秒
[▶︎ この曲を再生する]
https://drive.google.com/file/d/1sJI2PXDRbs23xSlFABSlTBKhPGxEXory/view?usp=sharing
「実践の光」
【第三章:受容 ― えにしを受けいれる】
意味など問わずに
ただ信じて
握りしめた
その温もりを
一歩踏み出す
勇気に変えて
価値など 後でいい
ただ今ここにある
縁(えにし)を 受けいれろ
拾い上げたのは 物ではない
見過ごしそうになった
己(おのれ)のこころ
ひとつ拾えば 光がひとつ
ひとつ清めれば 道がひとつ
それは偶然ではない
おかげさまという
大いなる計らい
握りしめた藁は
もう 離さない
その一歩は 小さくとも
宇宙はすでに
その中にひらけている
【第四章:自利利他 ― おかげさま】
問う その心も
私のものではない
大いなる願いが
私を通して 歩いている
普賢菩薩の回向は流れ
毘盧遮那仏の光は満ち
歩みそのものが
すでに道となる
道ゆく誰かの 涙のそばに
ことば少なく
そっと寄り添えば
名もない行いが
やがて光を呼び起こす
「ありがとう」の声が
風に溶け
藁は いつしか
灯(あか)りに変わる
手放すことは
失うことではない
おかげさまへと
還すこと
握りしめた想いは
ほどくたびに
やさしさになる
想いを向けた そのたびに
小さな藁は
気づけば灯りとなり
闇を照らす
道となる
自らを照らし
他をあたため
めぐりめぐって
ひとつとなる
これが 自利利他のはたらき
このいのちは
おかげさまの 授かりもの
【サビ:光の網】
風よ 風よ 名もなき声よ
我を越えて いま響け
一歩 一歩が 宇宙となり
ひとつ ひとつが 網に映る
我はただの 旅人にあらず
願いに生かされ
歩まされている
善財童子の道は いまここに
無数の光を ひらいてゆく
【ブリッジ:重々帝網】
重々帝網 ひかり満ちて
我もまた その一珠
すべてを映し
すべてに映り
消えぬいのちが
ここに燃える
歩め 歩め 退くことなく
問いを抱いて
なお進め
それでもなお、進め
その一歩が そのままに
無尽の宇宙を 生みつづける
4
D 細くても折れそうでも、ただ信じて 5分37秒
[▶︎ この曲を再生する]
https://drive.google.com/file/d/1Ex40YSGUIikLKjbBQhu-h0b6i1-uoEWM/view?usp=sharing
「確信の光」
【第五章:到達 ― 阿字の光】
振り返れば
すべてが問いだった
あの藁しべは
私のこころ
細くても
折れそうでも
ただ信じて
歩いてきた 一本道
たどりついたとき
気づいた
探していたものは
すでにここにあった
はじめから
このいのちの中に
すべては
満ち足りていたと
旅だと思っていた
それは帰る道だった
問いだと思っていた
それは答えの光だった
私はすでに
呼ばれていた
はるかな時の彼方から
そして今も
この風の中で――
【第六章:不退転 ― 応援歌】
さあ、立て
その藁を
しっかりと握れ
細くていい
折れそうでいい
意味など問わずに
ただ信じて
それでもなお、進め
あなたはすでに
よばれている
この光の
ど真ん中へ
退かぬ一歩が
静かに燃えている
「不退」の一字を胸の奥にひらき
「不退」の光に 抱(いだ)かれて
見えぬままに
不退転の道をゆく
おかげさまと
手を合わせ
すべてをそのまま
受けいれろ
信じて歩む
その足もとに
新たな縁が
芽吹いてゆく
【第七章:円環と継承】
その藁を持って
次の誰かへ
手渡すたびに
深まってゆく
私の役割(つとめ)と
使命(ちかい)
探していたものは
すでにここにあった
おかげさまの
この足もとに
一本の藁から
すべてははじまる
一本の藁から
すべてはつながる
一本の藁から
すべては光へ還る
道は終わらない
出会うたびに
また旅が始まる
あなたの問いに
光が応える
あなたの出会いで
世界が変わる
あまねく照らす
大いなる光の中で
あなたもすでに
よばれている
【終章:よばれている】
行け 行け
問いという光を抱いて
行け 行け
迷いさえ 道になる
今日もまた
やさしい風が
あなたを呼んでいる
呼ばれていた
この命ごと
はるかな光の
中心へ
あなたはもう
よばれていた
はじめから ずっと
ただ静かに
見えない光が
背中を押している
善財の道は
いまここに
はじめに 光があった
あなたが生まれる
ずっと前から
いまも
この風の中で
よばれている
よばれている
よばれている
5
E 縁の受容と、一歩を踏み出す不屈の歩み。(伍子胥の熱量) 6分53秒
[▶︎ この曲を再生する]
https://drive.google.com/file/d/1hAF5AfEo0smCwPqIR58PUIBVr3ijHmbC/view?usp=sharing
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荒野の夜明け前]
[Verse 1 — 第一章:出立
male solo whisper, cello only, no drums,
utterly solitary, pp
〜最も孤独な個の意志〜]
さらば、安らぎの城(ふるさと)よ。
善財(ぜんざい)は今、ただ独(ひと)り、
求法(ぐほう)の荒野(こうや)へ踏み出す。
一歩。
その足の裏が、大地を感じる。
冷たい土の感触が、
これが現実だと教えてくれる。
誰も見送らない。
誰も待っていない。
それでいい。
この孤独こそが、出発の証(あかし)だ
[Verse 2 — 第二章:藁
male voice, cello and sparse strings,
intimate and tender, pp
〜微細なものへの深い信頼〜]
足もとに落ちていた、一本の藁(わら)。
誰もが見過ごす、小さな欠片(かけら)。
拾い上げた。
意味など問わずに。
ただ、何かに呼ばれるように。
これは 縁(えにし)を満たす玉手箱。
ひらけば 縁が立ち現れる。
往還(おうかん)する いのちの因縁が
この小さな藁の中に すでに宿っている。
細い。
折れそうだ。
けれど、この手の温もりが
確かに、ここにある。
先人が残した、命の贈り物。
「これを持って歩め」——
決して、手放さない。
これが私の「持(じ)」だ。
[Verse 3 — 第三章:伍子胥
male voice, strings and low brass building,
fierce and unwavering, mp to forte
〜倒れてもなお進む凄絶な熱量〜]
「日暮れて道遠し」――
かつて英雄は嘆いた。
すべてを失い、川を渡り、
それでも歩き続けた男がいた。
恥を忍んで、生き延びた。
屈辱の中で、力を蓄えた。
時を待ち、ただ待ち、
その間も一歩も退かなかった。
怨念を意志に変えた。
絶望を燃料に変えた。
倒れるたびに、立った。
立つたびに、一歩、踏み出した。
私憤から始まったその炎は、
やがて公義(おおやけ)の火となった。
一人の怒りが、
万人の誓いへと転じた。
執念さえも、転じれば誓願となる。
怨みさえも、転じれば使命となる。
燃え続けることが、
そのまま祈りになる。
私もまた、この微(かす)かな藁を
「譲(ゆず)れぬ誓い」として
この身、このいのちに深く刻み込む。
大地を踏め。
この一歩が、証(あかし)だ。
足の裏で感じろ。
おまえはまだ、ここに立っている。
運命を覆(くつがえ)す意志(ひかり)として、
その藁を握りしめる。
私はそこへ、明確な覚悟をもって
呼ばれていた。
伍子胥の「諫(いさ)め」は、不動の剣だ。
迷いを斬るためではなく、
大切なものを守るために、
剣を抜く。
その剣が、次の門を、ひらく。
炎よ——
次の幕が、おまえを呼んでいる。
[Chorus — 第四章:同行二人
male female duet, warm strings, celesta,
gentle revelation, mp
〜見えない手・孤独から支えへの転換〜]
独(ひと)りと思っていた。
けれど、気がつけば、
大いなるいのちの光の中を歩いていた。
旅だと思っていた——それは、還(かえ)る道だった。
問いだと思っていた——それは、答えの光だった。
同行二人(どうぎょうににん)。
お大師さまは はじめから
この道を ともに歩いていた。
あの孤独は、独りではなかった。
あの荒野は、見守られていた。
あの藁は、仏の手から
静かに、差し出されていたものだった。
よばれていた、はるかな時の彼方から。
この旅のすべてが
私の小さな「持(じ)」を支える
宇宙の、大いなる「持」によって——
[Final — 第五章:炎の予兆
male female choir, full strings, celesta,
inner fire awakening, forte
〜不動明王への扉・次の門へ〜]
この熱さは、なんだろう。
藁を握るこの手が、
じわりと、燃えてくる。
まだ名もない。
まだ形もない。
けれど確かに、
胸の奥で何かが、目覚め始めている。
倒れてもなお進もうとするこの力は、
やがて 不動の炎となる。
この孤独な一歩が、
次の門を、静かに叩いている。
問いという光を抱いて、
いま、新しい一歩がはじまる。
大地を踏め。
道は終わらない。
この風の中で、私はずっと、よばれている。
炎よ——
まだ見ぬ不動の光へ向かって、
燃えろ。
[Outro — solo cello, ppp,
fade to silence, one last footstep,
dissolving into the next gate]
よばれている……
よばれている……
よばれている……
6
F→A 如来の光(F)が降りると衆生の炎(A)が昇る交差する行の核心。 6分31秒
[▶︎ この曲を再生する]
https://drive.google.com/file/d/180WfQJHTdpmEb_QfYunY5Kihr756BQHi/view?usp=sharing
https://drive.google.com/file/d/1VhjForkwetjnNgFC27E8eA4HKJlaqDyX/view?usp=sharing
風が吹いた。はるか海を越えて。
空海(お大師さま)が唐(から)の浜辺から、
願いを込めて投げた三鈷(さんこ)。
雲を突き抜け、高野(たかの)の山の松に深く刺さった。
それは 迷える衆生(しゅじょう)を導く「呼び声」。
(加持の声部)「風は問わない ただ吹く——」
(低音の問い)「おまえは、どこへ行くのか?」
〜不動・過去現在未来を焼き尽くす〜]
生駒(いこま)の嶺(みね)に、激しい風が舞う。
湛海(たんかい)は岩屋の暗闇で、己の命をノミに替えた。
穿(うが)つのは木の肌ではない。己が胸の奥、潜む魔の執着だ。
一刻(いっこく)、一礼(いちれい)。ノミの音が、
隷書(れいしょ)「史晨(ししん)の碑(ひ)」の
波磔(はたく)となって闇を切り裂く。
波平(なみのひら)の 三鈷の剣が
荒ぶる海を 一振りで鎮(しず)め
波を平らかに 安らかに行くように
不動の火を燃やす。
[Verse 1c — female voice only, no male voice,
soft strings, harp, pp, warm and gentle,
like mother's hand, no brass, no drums
〜仏様のやさしさ〜]
見えない手が 背を押している。
気づかぬまま 支えられている。
風は問わない ただ吹く——
同行二人(どうぎょうににん)。
それが 加持(かじ)というものだ。
[Verse 1d — full male choir, brass, taiko,
powerful and vigorous, forte, no female voice
〜力強い・剛健〜]
剣を持つのは斬るためじゃない。迷いを斬るためだ。
縄で縛るのは罰じゃない。はぐれた魂を引き戻す愛だ。
怒りに見えても それは抱擁だ。
外より来たるこの働き この炎こそが 加持というものだ。
[Chorus — male voice with small choir,
fresh and bright, clear words, taiko begins, mp
〜さわやか・清らか〜]
大地を深く刻む一歩は、すでに応えである。
智慧(ちえ)は問いの中に生まれ、
慈悲(じひ)は痛みの中に育ち
果てしなき行(ぎょう)として 動き出す。
[Verse 2 — full male female alternating,
taiko pulse, low brass, fierce call and response, forte
〜炎・掛け合い〜]
燃えるほど 深い——愛だから こんなに熱い。
今度は、自分が炎になる番だ。
私が燃えて、誰かを照らす。
慈悲の炎は光となり すべてを照らす。
おまえを救うまで 私は動かない。
燃えることが おまえの祈りだ。
炎よ燃えよ! 不動の愛で焼き尽くせ。
[Verse 2b — male female alternating,
vigorous call and response,
choir words clear, forte
〜男女掛け合い〜]
東西南北に巡り、時に逆戻りと見ゆるも、
回り道も、下り坂も、まさかも、
すべては大悲萬行(だいひまんぎょう)——
護持(ごじ)修行、そのままのはたらき。
利他行(りたぎょう)を尽くすこと——それが菩薩道(ぼさつどう)。
そのしん口(く)意(い)のはたらき、
すなわち加持現成(かじげんじょう)なり。
[Chorus 2 — 対位法:風と炎の合流
full choir, pipe organ, taiko,
Bach polyphony and Fudo rhythm together,
multiple voices interweaving, fortissimo]
風は外から 炎は内から
どちらも 同じひとつの慈悲だ。
迷いさえも、振り返れば道になる。
迷うすべての夜が 光となる。
出会うすべての人が師となり、
響き合うすべての音が教えとなる。
その問いは、あなたひとりのものではない。
先人たちが繋いできた祈りと、
未来の誰かが流す涙が、
いま、この一歩に重なり合っている。
重なり合う歩みは、
まるでフーガのように響き合い、
一歩一歩は
「史晨(ししん)の碑(ひ)」の一画一画のように
大地へ刻まれていく。
孤独な「私」が光に溶け
一人の歩みは万人の行進(こうしん)となって
静かに そして力強く 鳴り響く。
その旅は、ひとりではなかった。
この一歩は支えられ、そして世界を支えている。
[Bridge — female solo only, pipe organ pp,
complete silence before, one breath, ppp
〜ただ一声〜]
すべての試練を経(へ)た。
風に打たれ 炎に焼かれ
それでも 歩き続けた。
パンドラの箱の底に 最後に残ったもの——
それが 希望だ。
絶望を尽くした後にだけ 見える
消えない 小さな光。
その希望を 護(まも)る。
誓いとして この身に刻む。
[Final — sudden fortissimo, full orchestra,
pipe organ, taiko, brass, powerful and steadfast
〜力強く・盤石〜]
三鈷(さんこ)の刃(やいば)は三つ。
智慧(ちえ)の剣は 惑いの雲を断ち、問いを 光に変え、
慈悲(じひ)の索(なわ)は はぐれたいのちをつなぎ、
痛みを 力に変え、
定(じょう)の盤石(ばんじゃく)は すべてを受けとめて
揺らぎを安らぎに帰し、炎を道と成す。
折れない。曲がらない。尽きない。
これが お大師さまの 不動の誓いの形だ。
[Final climax — bright and hopeful,
full choir, light breaking through, forte
〜明るく希望あり〜]
ただ——
燃えよ。
歩め。
その一歩が、阿字(あじ)の古里(ふるさと)への道となる。
三鈷(さんこ)の誓いをいま果たそう。
闇は切り裂かれ
清らかな光が、世界を包み込む。
いのちは 光。
阿字の子よ。不動の光とともに——。
[Outro — taiko fading only, pipe organ sustain,
ppp, dissolving, no voice at end
〜消えるように〜]
風と炎が重なるとき、私は私を越えていく。
よばれている……(遠くから)
よばれている……(内側から)
よばれている……(宇宙のすべてから)
7
G 炎が愛へと転化し、世界の意味が慈悲へと変わる。(菩提・愛染) 4分57秒
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ひらけ ひらけ 光は いま ここに
めぐれ めぐれ いのちは 響きあう
わたしから あなたへ あなたから 世界へ
ひらけ ひらけ 光は ひろがる
[Verse 1 — whisper duet, cello solo, near-silence]
一、愛染明王(あいぜんみょうおう)の転換(てんかん) ―― 燃える心の正体
「欲しい」と燃える そのままでいい
炎のように願う心は いのちそのものだから
眠れぬ夜の痛みも やがて 力へと変わる
炎は 消さなくていい 転(てん)じれば それはすべてを照らす光となる
[Verse 2 — building, low brass enters]
怒りも 執念も すべては「いのちの火」 燃える心こそが 人を救う
智慧(ちえ)の獅子が胸の奥で 勇気と希望の 咆哮(こえ)を上げる
五鈷(ごこ)の強さと 蓮華(れんげ)の清らかさ
激しい欲は いま 大きな慈悲へと姿を変え
風に舞い 炎はひらき すべてを照らす 安らぎと自在の光となる
[Chorus — brass and choir, solemn declaration, mp]
ひらけ ひらけ 光は いま ここに
めぐれ めぐれ いのちは 響きあう
わたしから あなたへ
あなたから 世界へ
ひらけ ひらけ 光は ひろがる
[Verse 2b — rising tension, full orchestra, determined, forte]
二、光の矢を放て ―― 菩提(ぼだい)の炎
弓を引け 的(まと)は遠くない
おまえの胸の真ん中 その願いの中心を 射抜け
引き絞るほどに 矢は遠く 高く 放たれる
燃える心を恐れるな その欲こそが 菩提(ぼだい)の炎だ
愛よ それが光だ そのままの欲が 道になる
愛よ それが仏だ 愛(あい)し続ける者が いちばん光る
欲が生まれ 炎となり そして今 愛という智慧(ちえ)へ変わる
菩提(ぼだい)の宝瓶(たからびん)から 宝の珠(たま)が ふりそそぐ
おまえはもう 光の途中にいた
弓を放て 今日も宇宙(そら)へ 光の矢を 解き放て
[Climax — solemn brass, full choir, fortissimo, no drums]
この燃える心が 光になる
[Interlude — silence, one breath, adagio]
[Verse 3 — celesta solo, glockenspiel, adagio, pp, no brass, no low strings, transparent]
三、無言歌(むごんか)の調べ ―― 美の頂点(調和)
旅だと思っていた ——それは「帰る道」だった
問いだと思っていた ——それは「あふれ出す光」だった
「ここ・今・私」の中に 青い鳥は 静かに羽ばたく
その響きは メンデルスゾーンの旋律(メロディー)のように
飾らず 清らかに 均(ひと)しく世界へ ひろがっていく
あなたの一声で 誰かの心の扉がひらく
あなたの一歩で 曼荼羅(まんだらのせかい)は そっと色を変える
受け取った光を そのままにせず 次へと手渡す
素朴にして清廉 静けさの中に ひそかな荘厳(そうごん)をたたえた
ひとすじの「いのちの歌(無言歌)」となって 世界を 静かに 包み込む
[Final — pp, fade to silence, dissolving]
ひらけ ひらけ 炎は いま 光へ
めぐれ めぐれ 愛は 智慧(ちえ)となる
わたしから あなたへ あなたから 世界へ
よばれていた この燃える心ごと ——すでに 光の中にいた
[Outro — ppp, solo voice, fade to silence]
よばれていた この燃える心ごと ——すでに 光の中にいた
8
B すでに満ちていたと知る、到達ではなく顕れ。 6分8秒
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阿字本不生(あじほんぷしょう)——
生まれていない、とは
消えていない、ということだ。
はじめから ここに満ちていた。
宇宙(うちゅう)のはじめに ひとつの声
「阿(あ)」——
それがおまえの名
おまえは間違っていない
おまえは はじめから 満ちている
「よばれていた」——その旅路(たびじ)の果てで
いま ここに咲いている
[Verse 1 — baritone whisper, cello solo, intimate,
pp, slow and spacious]
この身(み)を 小さいと決めるな
泥(どろ)に根ざした 蓮(はす)を見ろ
地(ち)があり 水(みず)があり 火(ひ)があり
風(かぜ)があり 空(くう)があり おまえがいる
六大(ろくだい)が 震(ふる)えあい ひとつに重なり
この体(からだ)として ここに現れた
泣いていい 迷っていい
その涙(なみだ)も 佛(ほとけ)の声だ
よばれていた その痛みごと
すでに 光の中にいた
[Pre-Chorus — choir enters softly,
slight emotional lift, mp]
草(くさ)も木(き)も 虫(むし)も鳥(とり)も
風(かぜ)も雲(くも)も
山(やま)も 海(うみ)も おまえも——ひとつだ
六大(ろくだい)は 障(さわ)りなく
阿字(あじ)のひびきで 溶(と)け合う
おまえが笑えば 宇宙(うちゅう)が笑う
おまえが歩けば 道が生まれる
[Chorus — chamber orchestra, bright and affirming,
subtle taiko heartbeat, forte, solemn joy,
no rock drums, no distortion]
生きろ いま この瞬間(とき)を
おまえのままで 成(な)りきれ
この身(み)が佛(ほとけ)の身(み)
この声(こえ)が佛(ほとけ)の声(こえ)
この心(こころ)が佛(ほとけ)の心(こころ)——三密(さんみつ)だ
仏になる必要はない
もともと離れていなかった
地(ち)・水(すい)・火(か)・風(ふう)・空(くう)・識(しき)
この身(み)を成(な)す六大(ろくだい)は
大日(だいにち)如来(にょらい)の六大(ろくだい)と異(こと)ならない
できないことなど どこにもない
おまえは 大日(だいにち)如来(にょらい)の 現(あらわ)れだ
輝(かがや)け いま この一歩(いっぽ)で
[Verse 2 — baritone returns, deeper and warmer, mp]
悟り(さとり)とは 遠くのものではない
この身(み) このままで すでに在(あ)る
煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)
その欲(よく)も 愛(あい)も 怒り(いかり)も
捨てなくていい
それは いのちの炎(ほのお)だ
燃(も)やして 光にすればいい
弱さ(よわさ)は 慈悲(じひ)の入口(いりぐち)
傷(きず)は 光の差し込む隙間(すきま)だ
怒り(いかり)は 守るための 炎(ほのお)だ
[Pre-Chorus 2 — choir builds with momentum, mf]
比べるな ただ在(あ)れ
おまえだけの 阿字(あじ)として
この世界(せかい)は 生きた曼荼羅(まんだら)
おまえは すでに その中心(ちゅうしん)だ
阿字(あじ)の鼓動(こどう)は
はじめから この胸(むね)に響いていた
声字実相(しょうじじっそう)——
おまえの声(こえ)が 真実(しんじつ)の声(こえ)
おまえの存在(そんざい)が 宇宙(うちゅう)の言葉(ことば)だ
阿字(あじ)は 声(こえ)となり
声(こえ)は 光(ひかり)となり
光(ひかり)は いのちとなる
おまえは 語(かた)られている
おまえは 歌(うた)われている
[Chorus 2 — fuller than Chorus 1,
cosmic solidarity, ff]
進(すす)め その足(あし)で 大地(だいち)を蹴(け)って
迷い(まよい)さえも 導き(みちびき)の星(ほし)だ
密厳(みつごん)の国(くに)は ここにある
いま おまえの胸(むね)の 真ん中(まんなか)に
恐れるな(おそれるな) 何ひとつ
おまえは 決して 独りではない
その背(せ)に 億劫(おっこう)の光がある
虚空(こくう)が尽きるまで 大師(だいし)は共にいる
「よばれていた」 おまえと 共に歩くこと
[Bridge — near silence, solo voice,
overtone singing, harp, ppp, long and sustained]
阿(あ)—— すべてはここから生まれ
阿(あ)—— すべてはここへ還(かえ)る
問う(とう)その心(こころ)が すでに佛(ほとけ)の問い(とい)だ
苦しむ(くるしむ)その魂(たましい)が
すでに佛(ほとけ)の魂(たましい)だ
宇宙(うちゅう)は 何ひとつ 否定(ひてい)しない
よばれていた おまえが在(あ)ること——
それが 祝福(しゅくふく)だ
立て(たて) 歩け(あるけ)
泣きながらでも
転びながらでも(ころびながらでも)
いのちを 余さず(あまさず) 使い尽くせ(つかいつくせ)
[Final Chorus — key change up, chamber orchestra,
subtle taiko full, SATB choir,
cosmic, radiant, fortissimo, no distortion]
紅頗梨色(ぐはりしき)の光があふれる——
百光遍照王(ひゃくこうへんじょうおう)の御姿(おすがた)が
いま おまえの胸(むね)の中で 顕(あらわ)れる。
赤く 温かく すべてを包む(つつむ)
その光こそが おまえの本来(ほんらい)の姿(すがた)だ。
愛せ(あいせ) この世界(せかい)を
何より おまえ自身(じしん)を
阿字(あじ)の子(こ)よ 立ち上がれ(たちあがれ)
生かされている(いかされている) その熱(ねつ)のまま
闇(やみ)をも 光へ変えてゆけ(かえてゆけ)
おまえの叫び(さけび)は 天(てん)を突き抜ける(つきぬける)
宇宙(うちゅう)が おまえとして 今(いま) 響いている(ひびいている)
輝け(かがやけ)
永遠(えいえん)の 光そのものとして
この身(み) この息(いき) この鼓動(こどう)が
永遠(えいえん)の 真言(まこと)だ
[Outro — 3 minutes, solo voice only, no instruments,
fade to complete silence, ppp→pppp,
very long reverb tail, dissolving, no music]
大丈夫だ(だいじょうぶだ)
おまえは
はじめから 満ちている(みちている)
その鼓動(こどう)が
宇宙(うちゅう)の 声(こえ)だから
よばれていた……光の中で……
阿字(あじ)の子(こ)は……いま……ここへ還る(かえる)……
9
B 生きること自体が光であり、教えが現実となる。 3分5秒
[▶︎ この曲を再生する]
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♪ いのちは光 ♪ ひかりのふるさとから 来て ♪ またひかりへと 帰ります
♪ あなたの光が わたしを照らし ♪ わたしの光が だれかを照らす ♪ 世界が満たされていきます ♪
光はあまねく 照らされます ♪ やさしく温かい 光は ♪ すべてを包み込みます
♪ 光が照らされた時 ♪ 世界は変わります
♪ 人のために 光を灯すとき ♪ ほんとうの安らぎが 生まれます ♪ 光がいっそう 輝きはじめます
♪ すべてのいのちが つながっている
♪ いま、ここで ♪ あなたが灯す光 ♪ それが世界を あたためます
♪ 光の中に 生きています ♪ その光に気づき ♪ だれかを照らすこと
♪ いのちは光 ♪ いのちは光
10
C 受け取った恩恵(被贈与性)を次へ渡す、循環の祈り。 5分18秒
[▶︎ この曲を再生する]
https://drive.google.com/file/d/1DsIN-_mjO6zs4CQQw4PsYMG6tcyBAAZ3/view?usp=sharing
https://drive.google.com/file/d/1LmLBeVvo997_lslYlVn4qkEsDiM2qTfS/view?usp=sharing
一、光の連綿(B)
いのちは光
ひかりのふるさとから来て
またひかりへと帰ります
あなたの光がわたしを照らし、
わたしの光が誰かを照らしていきます。
そうして、光はめぐり、ひろがり
世界はやさしく満たされていきます。
誰かのために光を灯すとき、
光は、無数の光となって広がり、響(ひび)きあいます。
分かち合うとき、本当の安らぎが生まれます。
それが 大(だい)安楽(あんらく)。
それは、自分ひとりの安心ではなく、
大悲(だいひ)萬行(まんぎょう)の中にある、
尽きることのないやすらぎです。
そのとき、光はいっそう輝きを増し、
すべての命がつながっていることを教えてくれます。
二、ひかりの顕現(C)
いのちは光。
もう、外に探す必要はありません。
この胸の奥から、宇宙の底から、いま、あふれ出しています。
ひかりの現成(げんじょう)。いま、ここで、すべてが成る。
すべての出会いが
世界の色をやさしく塗り替え、
すべての痛みもまた、
曼荼羅(まんだら)を彩る光の紋様となっていきます。
いのちは、そのままで、光。
存在すること、そのものが、すでに輝きです。
[Intro] (near silence, distant bell, high celesta single note)
三、阿字のふるさとへ(回向)
(あじのふるさとへ えこう)
あまねく照らす光(ひかり)の中で、あなたは気づきます。
「すべては、すでに満ちていた」と。
阿字(あじ)のふるさとから降り注ぐ、
百光(ひゃくこう)遍照(へんじょう)のひかり。
問い(とい)そのものが、いのちを照らす光(ひかり)でした。
[Verse] (warm baritone solo, intimate and spacious)
この身(み)で受け止め(うけとめ)、
この声(こえ)で伝え(つたえ)、
この歩み(あゆみ)で、いま、ここに現わして(あらわして)いきます。
[Chorus] (full ensemble opens gently, choir enters)
いのちは光(ひかり)
いのちは光(ひかり)
[Bridge] (near silence, single piano note, harp)
旅(たび)だと思っていたこの道(みち)も、
はじめから、光(ひかり)の中にありました。
「よばれていた……」
[Final Chorus] (key change, choir and strings together, luminous)
阿字(あじ)の子(こ)は、いま、ここから、
新しい光(ひかり)の螺旋(らせん)を、
どこまでも昇って(のぼって)いきます。
[Outro] (fade to complete silence)
阿字(あじ)のひかり……
遍照(へんじょう)の光(ひかり)よ……
すべては ここへ還る(かえる)……
楽曲解説:阿字のひかり —— 現成】
この曲は、組曲『光の螺旋』の最後を飾る「回向(えこう)」の調べです。 私たちが人生の途上で抱く名もない問いや痛み、迷いながら歩む一歩一歩。それらは決して孤独なものではなく、はじめから大いなる慈悲の願(呼びかけ)に包まれていたのだという、究極の安心(あんじん)と目覚めを描いています。
自分ひとりの平穏を超え、自らの光を誰かへと繋いでゆく「大悲萬行」。その連綿とした巡りの中にこそ、尽きることのない本当の安らぎ(大安楽)があります。
すべての命は、宇宙の根源である「阿字(あじ)のふるさと」から来て、またそこへ還ってゆく光そのもの。この歌声と静寂の余韻が、今ここを生きるあなたの歩みを優しく照らし、新たな螺旋を昇る不退転の勇気となりますように。
また、真言密教では、阿字は「本来生じることのない、永遠のいのち」を表します。この歌は、人生の終わりを別れとしてのみ捉えるのではなく、光の源へと還る尊い旅立ちとして見つめています。
お姿は見えなくなっても、そのぬくもりや願いは、なお私たちの心を照らし続けます。故人への感謝と追慕、そして遺された人々への希望を込めて歌われる回向の調べです。
10
終章(回向)
┗回向付属
Bb 金剛界的な智慧の降下・垂直性を音響的に体現 3分20秒
[▶︎ この曲を再生する]
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Eb Minor 胎蔵界的な包容性・水平的広がりを象徴 3分53秒
[▶︎ この曲を再生する]
https://drive.google.com/file/d/1Qpo_zOyQyZ44m4AhwreouSVCk7YZFkrj/view?usp=sharing
C 「まだ消えない光」として次への道を示す 3分39秒
[▶︎ この曲を再生する]
https://drive.google.com/file/d/1MLRAytpgSrgxymhJhoD1uT4F7Qe5rJs9/view?usp=sharing
11
C 受け取った恩恵(被贈与性)を次へ渡す、循環の祈り。 5分19秒
[▶︎ この曲を再生する]
https://drive.google.com/file/d/1sZXsKYfh1VjWv9-eUrFq1IbgAVmt0_8t/view?usp=sharing
https://drive.google.com/file/d/1gDj3UZkgGw0LGyEVcZ9IdErdK_SSlGUs/view?usp=sharing
歌詞は 終章(回向)阿字のひかり(通常版・尺八)と同じ
12
C' 日常という曼荼羅。オクターヴ上の日常へ。同じであり、同じでない新しき道 5分25秒
[▶︎ この曲を再生する]
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https://drive.google.com/file/d/1fuEMnn9mFmJBk-_kJ8k1cDnCmhON1b8p/view?usp=sharing
一、オクターヴの還り道
[Intro — distant temple bell, solo female voice,
celesta, no instruments, ppp, near silence,
warm and gentle, like coming home]
はじめに 光があった。
あなたが生まれる、ずっとずっと前から。
[Verse 1 — male female duet, harp, celesta,
soft strings, pp, warm and flowing]
そして今日もまた、道端(みちばた)のひとつの草花(くさばな)の中で
やさしい風の中で、光は降り注ぐ。
光に呼ばれていた——青い鳥の道。
このいのちの奥で、いまも。
一本の藁から始まった八つの門の物語は、
オクターヴの頂(いただき)に至り、
いま再び、最初の一音へと還ります。
第八の門はひらかれ、
それは次なる新しい「第一の門(もん)」へと繋(つな)がる
螺旋(らせん)となって——続いていく。
[Verse 2 — male voice, chamber strings, celesta,
mp, warm and intimate, like coming home]
私は、また人の世へ帰っていきます。
悟りを掲(かか)げず 輝きを誇らず
ただ 日常の中へ、そっと歩み入ります。
風はやわらかく、ひとの声はあたたかい。
笑いも、涙も、そのすべてが、
ありのままに「いのちの響き」となる。
希望は、もう遠くにない。
お茶のぬくもりの中に、
交わし合うまなざしの中に、
踏み出すささやかな一歩の中に、
それは静かに宿っています。
[Verse 3 — SATB choir, strings, celesta, mp,
serene and luminous]
世の中はなお乱れ、苦しみは尽きることない。
それでも、そのただ中に、喜びを見出す。
池大雅(いけのたいが)が風のごとく軽やかに筆を躍(おど)らせたように、
蕪村(ぶそん)が路地の片隅に咲く梅に宇宙を見つめたように。
杜甫(とほ)が絶望の淵で、それでも詩(うた)を書き続けたように。
苦しみの中にこそ、美しさとぬくもりを見出す。
「風雅」(ふうが)の理想郷は、いま、ここに、ひらかれています。
[Chorus — full SATB choir, warm orchestra,
celesta, harp, forte, embracing and resolved,
complete harmonic resolution, C major]
ひととともに生き、ひととともに笑い、
転んだ誰かに 手を差し出し
また ともに歩き出す。
名もなき一人として、この日常の中で生きること。
それこそが、いま、ここにある「生きた曼荼羅(まんだら)」です。
そのすべてが道であり、祈りであり、尊い行(おこな)いです。
あなたの抱(いだ)く問いは、決してあなたひとりのものではない。
万人の孤独と、万人の希望を乗せて、
いまも宇宙に響いています。
[Final — full choir, orchestra, celesta,
octave higher resolution, fortissimo,
warm and vast, like the universe embracing all]
衆生済度(しゅじょうさいど)は
この手を差し出す一歩から その瞬間から
すでに はじまっている。
道は終わらない 出会うたびに
また 一歩
新たな済度の旅が——
よばれている。
よばれている。
よばれている。
阿字(あじ)の子(こ)が 阿字のふるさと 立ち出(い)でて
また立ち返る 阿字のふるさと
[fade — solo female voice, celesta only,
ppp, pppp, silence, no new phrase,
breath and resonance only]
はじめに 光があった。
そして いまも 光がある。
13 別門 外伝 自戒 「未熟なり、ゆえに祈りに立つ」その瞬間が、すでに仏のはじまり
· 仏として立ち 菩薩として進む
Eb (D#) ああ 有難きかな この道よ 仏として目覚め 菩薩として働く 4分22秒
[▶︎ この曲を再生する]
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https://drive.google.com/file/d/1pn7R2ijtv7-wteqw03S8LBVBM2NVxZUS/view?usp=sharing
https://drive.google.com/file/d/1idqi5i7jXa_pPnueJOgiRpVakXP3MZBZ/view?usp=sharing
【一番】
私の前を 善財童子が歩む
迷いの野にも 光を見つけて
後(しりえ)には静かに 空海の影
声なき声で 「そのまま行け」と
百光遍照に 身を照らされて
影すらもまた 尊き「道」と知る
(サビ)
ああ 有難きかな この道よ
満ちていると知り 感謝し 働いて返す
受けしすべてを 行として返せ
気づけば いのちは最初から応援だった
仏として目覚め 菩薩として働く
この身このまま 光となれ
________________________________________
【二番】
老いてなお 童子の跡を追う
日暮れの道に 風は深く
歩みは遅くも 心は新たに
これより先も 果てなき行(ぎょう)
志(こころざし)を継ぎて 歩むものあれ
金にあらず 事業にあらず
人を残して 道を繋がん
転びし跡こそ 慈悲の導き
それでもなお 歩め
一歩一歩が 生きた祈りとなる
(サビ)
ああ 有難きかな この道よ
満ちていると知り 感謝し 働いて返す
受けしすべてを 行として返せ
気づけば いのちは最初から応援だった
仏として立ち 菩薩として進む
この命ごと 不滅の灯となれ
14 別門 外伝
Bb (A#) 尽くすその手に 仏は現る これより先も 続くものあれ 4分51秒
[▶︎ この曲を再生する]
https://drive.google.com/file/d/1G_WAVI2wUs4obb2p14B72TjsHFmRujpz/view?usp=sharing
https://drive.google.com/file/d/1Dl3ENNKobF1sluHMzLbv4L4Pi_8OzgXy/view?usp=sharing
【三番】
杜甫のまなざし 世を見逃さず
蕪村の眼差し 小さき光を見出し
空海のまなざし すべてを抱く
その眼をもって 世に向き合い
その心をもって いのちを受けよ
伍子胥のごとく 志を貫き
濁世(だくせ)にあって なお折れぬ誠実(まこと)
史晨の碑に刻まれし 静かなる力
剛毅にして 沈静 端正なる行い
(サビへの接続)
尽くすその手に 仏は現る
働くその姿に 光は宿る
(サビ)
ああ 尊きかな この誓い
満ちていると知り 感謝し 働いて返す
受けしすべてを 行として返せ
気づけば いのちは最初から応援だった
仏のこころで 人を照らし
菩薩の歩みで 世に応(こた)えん
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【終章(ブリッジ)】
前には童子 後には大師
ただ今ここに 曼荼羅は開く
満ちていると知り
感謝し
働いて返す
受けしすべてを
行として返せ
気づけば
いのちは最初から応援だった
尽くすその手に 仏は現る
働くその姿に 光は宿る
今ここにこそ 浄土は開く
これより先も 続くものあれ
百光遍照の道よ 永遠(とわ)に
志を継ぐ者 光を繋ぐ者
この道は 尽きることなく
仏として目覚め 菩薩として働け
歩み続けよ 不退転の道を
この身をもって 今を生きよ